談話・見解

社会福祉法人制度の見直しをはじめとした社会福祉事業における公的責任の縮小に反対する意見~国の責任による「権利としての福祉」の実現を求めます~

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2015年2月13日

社会福祉法人制度の見直しをはじめとした
社会福祉事業における公的責任の縮小に反対する意見
~国の責任による「権利としての福祉」の実現を求めます~

全国福祉保育労働組合(福祉保育労)     
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◇はじめに
 現在、社会福祉法「改正」をめざして、社会保障審議会福祉部会で社会福祉法人制度の見直し(以下、「制度見直し」)が議論されています。論議の中心は、社会福祉法人がいわゆる「内部留保」を活用して地域公益活動をおこなうことを義務化するなど、社会福祉法人の存在意義そのものを歪める内容となっています。
 また、国の2015年度予算案には、社会福祉施設職員等退職共済制度(以下、退職共済制度)の公費助成対象から障害福祉関係事業を外すという改悪が盛り込まれています。
 全国福祉保育労働組合(以下、福祉保育労)は、こうした動きが社会福祉事業における公的責任を縮小するものであることを指摘して、社会福祉事業の現場を担う労働者としての立場から強く反対の意思を示します。

◇社会福祉事業は人権保障の公的な営み
 憲法25条では、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」として、人類の長い歴史の中で勝ちとってきた「生存権」を、すべての国民が生まれながらに持っている基本的人権として保障しています。そのうえで、第2項で、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障、公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」として、生存権保障が国の責任でおこなわれるべきことを明確にしています。まさに、「福祉は権利」なのです。
 社会福祉関係の諸制度を定めた法律は、憲法25条の理念に基づいて整備され、その制度に則って生存権保障を具体化する公的な営みが社会福祉事業です。だからこそ、国の責任に基づく公共性の高い社会福祉には、以下の原則が求められます。
 社会福祉の責任は国および自治体にあるという公的責任の原則、国民の必要を充たす必要充足の原則、処遇に格差を持ち込まない無差別平等の原則、必要な福祉を直接用意する現物給付の原則、確保されるべき権利内容に対して必要な予算を確保するという財政における量出制入の原則、福祉を受けるにあたって新たな負担を求められることのない利用料無償の原則、事業に必要な費用は担税能力に応じてまかなう応能負担の原則などです。こうした原則に沿って社会福祉事業が運営されることで、すべての国民に生存権を保障するという事業の目的を達成することができます。
 また、社会福祉法61条の1では、「国及び地方公共団体は、法律に基づくその責任を他の社会福祉事業を経営する者に転嫁し、又はこれらの者の財政的支援を求めないこと」と規定しています。この条文にある法律とは、憲法25条に基づいて整備された社会福祉関係諸法のことですから、国の責任でおこなうべき社会福祉事業を社会福祉法人などの民間に任せる場合でも、国民の生存権が確保されるための必要十分な予算が国の責任で確保されなくてはいけないことを意味します。

◇制度見直しの問題点
 今すすめられている「制度見直し」は、社会福祉事業が国の責任でおこなわれるべきであるという憲法25条の理念および社会福祉法61条の1に照らして、あるべき原則から逸脱していると言わざるを得ません。
 第一に、「制度や市場原理では満たされないニーズについても率先して対応していく取組」として、地域公益活動を社会福祉法人に義務づけている点です。
地域公益活動として例示されている「生活困窮者に対する無料・低額の福祉サービスの提供」や「生活保護世帯等の子どもへの教育支援」などは、現行の福祉制度では十分に対応できていない課題です。こうした課題も、本来、国の責任で制度化して支援すべきものです。すべての国民に生存権が保障できていない状態にあるのは、国が社会福祉制度を拡充する努力を怠り、その責任を十分に果たしてこなかったからです。その責任を社会福祉法人に転嫁することは許されません。
また、すべての社会福祉法人に地域公益活動を義務化することは、「国及び地方公共団体は、他の社会福祉事業を経営する者に対し、その自主性を重んじ、不当な関与を行わないこと」(社会福祉法61条の2)に反します。これは、社会福祉法人の自主性・主体性を損なう重大な問題です。社会福祉法人を国の監視下において統制していくことにもつながり、その存在意義自体が失われてしまいかねません。
 第二に、地域公益活動に必要な費用を、いわゆる「内部留保(厚生労働省は、『余裕財産』と表現しています)」を活用するとして、社会福祉法人に財政的負担を求めている点です。
 しかし、社会福祉法人全体としては、一部のマスコミが報じている「税制などの優遇で巨額の内部留保がある」という実態にはありません。厚生労働省が明治安田生活福祉研究所委託しておこなった、「介護老人福祉施設等の運営及び財政状況に関する調査研究」によれば、事業の維持・継続に必要な費用を除いた「余裕財産」がある特別養護老人ホームは全体の3割に過ぎず、5割が事業の維持・継続に必要な額さえ満たしていないことが明らかになっています。
 そもそも、社会福祉法人に投入されている公費は、各々の社会福祉法人が現に担っている社会福祉事業を、国の定めた最低基準を下回ることがないように実施するための最小限の費用です。最低基準を守るためには、その費用が正しく見積もられて、本来の目的のために正しく執行されることが必要です。
ところが、実際には国の定めている積算基準は現場の実態にまったく合わない不十分なものです。そのことは、多くの自治体が社会福祉事業の経常経費(多くの部分が人件費)や施設・設備整備費に上乗せ補助をするなどの超過負担をしていることからも明らかです。不十分な積算基準のもとで見積もられた社会福祉事業のための費用が目的どおりに執行されていれば、「余裕財産」が生じる余地はないのです。それにもかかわらず、「余裕財産」が生じているとすれば、利用者もしくは福祉労働者の処遇に必要な使い方がされていず、充分な福祉処遇が提供されていないことが疑われます。国が、措置制度を契約制度に変えて競争原理を持ち込み、企業会計の考え方を導入して減価償却費相当分を積み立てていくように誘導してきたことが、「余裕財産」を生み出す背景にあることを指摘しなければなりません。
 社会福祉法人に「余裕財産」がないにもかかわらず、国の財政措置もないまま地域公益活動を義務づければ、その費用を生み出すために福祉労働者の処遇をさらに引き下げることにつながります。また、地域公益活動が制度化されず、社会福祉法人の自己責任による活動が強制されれば、福祉労働者にとっては労働強化にもなります。これでは、低賃金と過重労働によって福祉人材の確保難に拍車をかける結果となり、社会福祉事業そのものが存続の危機を迎えることになりかねません。

◇福祉人材確保は国民的課題
 近年、社会福祉分野における人材確保難によって、保育所の待機児や特別養護老人ホームの待機者が解消されずに「福祉が足りない」実態がマスコミでも大きく取り上げられて社会問題となっています。福祉人材を確保するために福祉労働者の処遇改善が必要であることは、福祉関係者のみならず、国会でも与野党を越えた共通認識となって、2014年の通常国会で「介護・障害福祉従事者の処遇改善のための法律」が全会一致で成立しています。2007年の福祉人材確保指針の改定以降、政府は、処遇改善交付金・助成金、処遇改善加算、保育士等処遇改善臨時特例事業など、さまざまな対策をとってきましたが、依然として低賃金の状況は変わらず、人材不足は改善されていません。これまでの政府の対策の限界と問題点、国民の福祉要求に応えるための人材確保対策の改善方向については、福祉保育労が2014年10月8日に発表した「福祉労働者の確保と定着、養成に関する基本政策(緊急提言)」でも詳述しているように、賃金水準と職員配置基準の抜本的な引き上げが最優先の課題となっています。

◇人材確保に逆行する退職共済制度の改悪
 2015年度予算に盛り込まれた退職共済制度の障害分野における改悪は、処遇の低下によるさらなる人材不足を招くもので、福祉人材確保に逆行すると言わざるを得ません。
 退職共済制度は、公共性の高い福祉労働を担う民間福祉労働者の賃金水準や労働条件が、公務労働者と比べてあまりにも低いことを国としても認めて、その改善に資するために1961年に導入されました。この制度では、民間福祉労働者の退職金が国家公務員に準じる水準で支給できるように、掛け金を国・都道府県・事業者が3分の1ずつを負担してきました。その4年後には、昇給財源としての民間施設経営調整費(現行の民間施設給与等改善費)が、当時の措置費に加算されています。
 ところが、2000年に介護保険が始まり、契約制度導入と競争原理に基づく市場化によって営利事業体が参入してくると、税制や退職共済制度などで社会福祉法人だけを優遇することを見直して競争条件を整えるべきとするイコールフッティング論が展開されていきました。こうして、退職共済制度が導入された歴史をふまえずに2005年には法律「改正」がおこなわれ、2008年度に介護保険事業が退職共済制度の公費(掛け金の3分の2に相当)の助成対象から外されました。
 障害福祉分野についても、2006年の障害者自立支援法施行、2012年の障害者総合支援法成立の流れのなかで、公費助成対象から外すことが検討されてきました。今回、介護保険事業に続いて障害福祉事業も退職共済制度の公費助成から外されてしまえば、次には児童福祉事業などの残された分野についても同様に公費助成をなくすことが懸念されます。
公費助成がなくなれば、退職共済制度に加入するための事業者負担は現行の3倍となり、実質的には加入が不可能になってしまいます。すでに介護分野では加入率がおよそ半減しています。また、現行と同じ掛け金負担で、代替となる中小企業退職金共済制度などに加入したとしても、現行の退職金給付水準を下回ることになるため、福祉労働者の退職金水準は引き下げられることになります。今でも低い賃金水準におかれている福祉労働者の退職金を含めた生涯賃金がさらに引き下がることになれば、福祉人材の確保などできるはずもありません。

◇背景にある経済優先・福祉産業化の政策
 「制度見直し」や退職共済制度改悪の背景には、国民の生存権よりも経済の活性化を優先させる政策があります。そのことは、「制度見直し」論議が、当事者である社会福祉経営者や利用者、福祉労働者からの求めではなく、財界の代表者を中心に経済政策を検討する産業競争力会議や規制改革会議からの要請によっておこなわれてきたことでも明らかです。こうした会議では、権利保障をいかに充実させるかという視点ではなく、これまで公的責任によって担われてきた社会福祉事業に自己責任を押しつけて、いかに市場化・成長産業化させていくかという視点でおこなわれています。
 会議の要請を受けた「社会福祉法人の在り方等に関する検討会」は、2014年7月に議論のとりまとめとして「社会福祉法人制度の在り方について」を出しています。このなかでは、「介護保険制度、障害者総合支援制度が、利用者の多様な生活上の困難の全てについて対応しているわけではない」、「制度上、様々な経営主体の参入が可能になっているものの、過疎地等には事業者の参入がなく、制度に基づくサービスについても、提供が困難となっている場合がある」として、契約制度や市場化ではうまくいかないことを認めています。
 ところが、失敗を認めて営利企業を退場させるのではなく、「政府や市場の失敗を補完する機能が非営利組織にある」と強弁して、採算のとれない事業を社会福祉法人に押し付けてきています。ここでは、優遇措置をなくして競争条件を整えるべきとするイコールフッティング論ではなく、優遇措置を残すからには採算が取れない事業でも担うべきとする新たなイコールフッティング論が展開されていると言えます。こうした論理は、利潤のあがる富裕層が対象の事業は営利事業者が担う一方で、貧困・低所得者層が対象となる事業は非営利事業者が担うというように、利用者のすみ分けをおこない、差別・選別的な「社会福祉事業」に変質させようとするものです。また、福祉労働の専門性を低く抑えて福祉サービスの質も下げておき、利用者がより質の高い福祉を望むなら営利事業者が提供するオプションサービスを購入させる方向に誘導していくことにもつながります。これは、憲法25条の理念と社会福祉の原理を否定する重大問題です。

◇国の責任で「福祉は権利」実現を
 本来は国や地方自治体の責任において直接おこなわれるべき社会福祉事業を、行政から委託されて担う中心的な役割をはたしてきたのが社会福祉法人です。
日本の社会福祉制度の歴史をみると、各制度の発足当初には、さまざまな制約のなかで制度の対象とされずに福祉を受けられない人、制度の狭間にあって福祉の手がゆきとどかない人がいました。こうした場合でも、社会福祉法人は地域住民の福祉要求に応えるために先進性・開拓性を発揮して事業を展開し、その必要性を行政に認めさせて制度化の道筋をつくってきました。こうした意味で、社会福祉法人はもともと地域公益活動を担い、戦後70年の歴史のなかで、社会福祉制度の対象を拡大し内容を充実させることに大きな役割を果たしてきたのです。
社会福祉法人に地域公益活動を義務づけて制度の狭間を埋めさせるのではなく、社会福祉法人の自主性・主体性を尊重して先進的な事業にとりくめるようにしたうえで、そうした事業を制度化していくことに国が責任を持たなければなりません。
 児童虐待や介護離職、障害者雇用における差別など、格差と貧困がひろがる社会のなかで、国民の福祉要求はより複雑に、より高度になっています。こうした福祉要求に応えていくためには、より専門的な福祉を提供できる社会福祉事業が展開されていく必要があります。必然的に、現場を担っている福祉労働者には、ソーシャルワーカーとしての専門性が問われることになります。専門性の高い福祉人材を確保し、現場に定着させて実践を積み上げるなかでさらに専門性を磨けるようにしていくには、国の責任で賃金水準と職員配置基準を抜本的に引き上げることが求められます。
憲法25条が保障している「福祉は権利」を実現するためには、社会福祉制度の拡充と福祉労働者の確保・定着に国の責任を明確に位置付けることが必要です。自助・自立を強調して、競争原理に基づいた事業に貶めてしまえば、社会福祉事業そのものがなくなることになりかねません。
 福祉保育労は、国民の福祉要求に応えられる社会福祉事業を実現させるために、国の責任を縮小させることなくより拡充させていくことに、多くの福祉関係者と共同してとりくんでいきます。

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〔PDFファイル〕
◇社会福祉法人制度の見直しをはじめとした社会福祉事業における公的責任の縮小に反対する意見~国の責任による「権利としての福祉」の実現を求めます~(2015/2/13)
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